2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

コロッケ

あっちゅう間に過ぎた2時間。 定番の顔芸は大きなモニターでフォロー。 トークも面白かったし、客席を一巡りしてくれたり、ノリノリタイムや、意外にも心に響く歌もあったりしーの。 めためた楽しかった。http://fine-stage.net/talent/croket/ コロッケ

進美寺山城(兵庫・豊岡市)

★進美寺山城(伊久刀神社←路駐) 足利尊氏が北朝の光明天皇を擁立し南北朝の端を開くと、北但馬の南朝方は比叡山の末寺・進美寺を拠点にして蜂起。 取ったり取り返したり激しい戦いが繰り返される。 川を渡り→最初の道を右折→まっすぐ行くとYのトコに着く。…

国分寺城(兵庫・豊岡市)

★但馬国府(祢布ヶ森遺跡、P豊岡市役所日高総合支所) 市役所あたりまで国府があったらしく、遺跡公園なんつーのもあった。 蜘蛛の巣が行く手を阻んでたけど。 近くに古代山陰道・高田駅家があったけど。 804年(延暦23)に但馬国府がココに移転され、廃止に…

弘山(兵庫・たつの市)

★弘山(阿宗神社、Pあり) MAP 九州へ敗走した足利尊氏を、朝廷は1ヶ月も経ってから討伐の軍を出した。 坂本城を落とした新田義貞は、弘山に本営を移し、山岳地の諸城を撃破。 1354年(正平9)、足利義詮は山名時氏が山陰道を、足利直冬が山陽道を上がってく…

楽々前城(兵庫・豊岡市)

★楽々前城(←P道場区公民館) 高師直が死んで足利兄弟は仲直りしたように見えたけど。 また対立が表面化して身の危険を感じた直義は、斯波高経・上杉朝定・山名時氏らを従えて北国へ脱出。 武力が駆り出されると南党の動きが活発化しだし、これに対するため…

宿南城(兵庫・養父市)

★宿南城(←P宿南ふれあい倶楽部) 八木城・八木高吉の子、能直が宿南庄の地頭となる。 南北朝が統一され、足利兄弟のケンカも弟・直義の急死で終わったのも束の間。 南党軍が入京して義詮を急襲したことで、また北朝が復活し合戦に。 1354年(正平9)、山名…

青谿書院(兵庫・養父市)

★青谿書院(Pあり) MAP 幕末から明治の初めにかけて但馬聖人・池田草庵が開いた漢学塾。 門人たちと起居をともにし、弟子の教育に没頭した。 日本金融界の基礎を築いた原六郎、日本近代眼科の父・河本金次郎、東大総長を2度つとめた浜尾新、琵琶湖疏水を開…

衆楽園(岡山・津山市)

★衆楽園(Pあり) MAP 津山藩2代藩主・森長継が京都から作庭師を招いて造営した近世池泉廻遊式庭園。 仙洞御所をマネっこしてるらしい。 大きな蓮池をめぐる小径の両側にせせらぎが配されてたり。 木橋が架かった小島を鳥が散歩してたり。 松平家が藩主とな…

津山城西(岡山・津山市)

★城西浪漫館(Pあり) MAP 大正6年建築の中島病院旧本館。 津山洋学資料館を手掛けた池田豊太郎氏の代表作の1つ。 代々地頭職を務めてきた家柄の名医を引き留めるためゴージャスに建てられ、部屋ごとに異なる材質の大理石を使った暖炉がある。 足音がやかま…

美和山城(岡山・津山市)

立石氏は平安時代終わり頃に大分県から引っ越してきて、高野神社の社司を代々継承。 美和山城を本拠にして武力集団を率い、荘司・地頭もしてた。 ★宇那堤森(←P津山信用金庫) 鳥居をくぐると、万葉集など多くの歌に詠まれた宇那堤森跡がある。 昔は巨木が立…

津山弥生の里文化財センター(岡山・津山市)

★津山弥生の里文化財センター(Pあり) MAP 文字ばかり読まされる展示は時間とお金のムダだけど、タダなのでチラ見しようと入る。 コチラは見るだけで大半がわかり興味がわく展示で、大昔の米作り、おじいさんの頃の米作りを学ぶ。 鉄がない時代の農具じゃ、…