時の道(兵庫・明石市)

明石公園の東・薬研堀から→時の道へ、贅肉をいくらかでも処分しに歩く。
 
★明石神社 
城主・松平直常が祖先を祀るために建立。
廃墟のようになってたのが売却されて、神社に見えないルックスに変身してるから、事前に写真を見てないとわからんかったかも。
太鼓門に置かれてた、破れた太鼓が保存されてた。
藩主が太鼓の皮の張替修理をした墨書銘もあるとか。
 
 
★上ノ丸教会
明治39年に宣教師クーパーが建てたプロテスタントの教会。
昭和55年に改修された会堂は、ヴォーリズ建築事務所の設計。
正面に日時計が嵌められている。
近江八幡ヴォーリズってやたらと見所指定されてたから、価値はよくわからんが撮っておく。

 
★本松寺
宮本武蔵が造ったと言われている枯池式山水庭園や、日蓮上人ゆかりの御会式桜がある。
けど、座敷からしか見れないらしい。

 
月照寺
伏見城の薬医門をもらって→明石城の切手門と使ってたものを→山門に。
 
 
雲晴寺
幕末、長州藩士の伊藤博文がスパイとして明石藩に潜入。
長州出身の住職の協力を得て、手塚又右衛門の馬丁として、昔は寺奥にあった茶室に潜伏してた。
伊藤博文は、初代兵庫県知事、初代内閣総理大臣となる。
  
初代明石藩主・小笠原忠真は、明石川東岸に新しい城と城下町を建設。
雲晴寺は大蔵門の東(外堀の外)に位置し、寺町を形成してた。
コチラにも武蔵作の庭園があったという伝承があり、新本堂を建てるのに発掘調査したら、池の一部&護岸を伴う島の一部、その島へ渡るための石橋が確認され、復元されてた。
 
一番奥に、どんな話か知らないけど南総里見八犬伝のモデルとなった里見忠義と奥様(明石藩主・大久保忠職のお姉ちゃん)の墓石がある。
忠義の菩提を弔うために建立されたお寺らしい。
太平洋戦争で丸焦げになったけど、山門は無事に残った。