檀特山(太子町)

★檀特山(Pあり) MAP
2万年前の旧石器時代くらいから太子町周辺に人々が現れ、寒冷な気候の下、移動しながらの暮らしをしていた。
1万4千年前くらいから気候が暖かくなってきて、海面が上昇していく。
6千年前くらいから、このあたりでもムラを作り、弓矢で狩りをし、縄文土器を使った生活をして定住するように。
毒があって動物は食べない栃の実だけど、土器で1時間ほど煮ると食べれるようになる。
弥生時代に低地で米を作り、近くの小高い場所にムラを作って暮らす。
山頂付近に見張り台をもつ集落があったとか。
古墳時代は、南側に古墳がたくさん築かれたよう。
近くにある歴史資料館で学ぶ。
 
わかりにくい道を入って新幹線沿いの道を行くと、東南登山口に月極駐車場&登山者用駐車場がある。
  
山頂方面へGO!
  
15分ほどで分岐に。
 
そしてすぐ山頂。
 
応神天皇が登って四方を望観したらしく、巨岩に杖や沓跡がある。
聖徳太子も馬で登ってきた、岩に開いてる無数の穴が蹄跡やって話もある。
どんだけやわらかい岩やねん。
1455年(康正1)、赤松則尚vs山名持豊が戦った檀特山の合戦があった。
 
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×徳道上人堂 MAP
656年(斉明天皇2)にココで生まれたらしく、清光寺に産湯井戸がある。
大和長谷寺の道明大徳に弟子入り。
718年(養老2)に病気で仮死状態になった時、冥土で閻魔大王に「生前の悪いが行くて地獄に送られる者が多いから、観音菩薩の功徳を貰えるよう慈悲の心を説いて霊場参りさせい」と言われ現世に戻されたとか。
33ヶ所の霊場を設けたけど、人々から信用されず…。
988年(永延2)に花山法皇が復興し、西国三十三所という信仰となる。
徳道上人が巡礼の元祖ちゅーこと。
 
★感動岩その1南東口 MAP
東南登山口付近にある感動岩を見に行く。
徳道上人の偉業に感じて岩が自然に動き、村人に危害を加えてた古狐を下敷きにしたとか。
他にも岩があるから、コレは動いたもののハズレたのかな。