三原城(広島県)

福山城より西は遠くて行けないな〜と思ってたら、わざわざお散歩に行って、お土産に写真を撮ってくれた。
感謝感謝です♪
 
×原城
1533年(天文2)、隆景は毛利元就の3男に生まれる。
1544年(天文13)、竹原小早川家の養子になる。
1550年(天文19)、沼田小早川家・繁平の妹を嫁にして家督を継承し、竹原&沼田を統合。
1552年(天文21)、新高山城を新築して引っ越す。
1567年(永禄10)、三原湾に浮かぶ小島や中州をつないで要害を築き、水軍の拠点とした。
1582年(天正10)、本能寺の変織田家中が主導権争いをしてる間に、新高山城から居城を移して城下町を整備。
海に向かって船入りを開き、城郭兼軍港としての機能を備えた名城で、満潮時には海に浮かんだように見える造り。
 
秀吉のもとで軍功を挙げ、伊予やら筑前やらもらって筑前名島城に引っ越してたけど。
1595年(文禄4)、養子に迎えてた小早川秀秋家督を譲り、ココで隠棲した。

 
天守って急坂を登った先にあるのばかりだったけど、初めて水堀に囲まれてるのを見て、めためたテンション上がった♪
関ヶ原合戦後は福島正則の所領となり、家臣・福島正之が入る。
この時に天守台の石垣が少し付け足されてて、新旧合体してるのが見れる。
 
上にもあがってきてくれた。
ホームと同じ高さにあるんだって。

石垣の上に三原駅が乗ってるのが見える。
南からコンコースを抜けて行くらしい。
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×桜山城
文応〜文永年間(1260〜74)に山名氏正が居城してた。
三原要害を整備した頃、小早川隆景はコチラを詰城に修築。