矢筈城(鳥取県&岡山・津山市)

★淀山城(Pあり) MAP
足利尊氏が九州に敗退した時、草苅貞継は三石城に籠って新田義貞軍を防いだ。
その功で因幡国知頭郡を得て下向、1338年(暦応1)、淀山城を築いて住んだ。
 
登山口を通り過ぎ、坂道を進むと駐車スペースがあった。
 
藤の甘い匂い、大好き。
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衡継は浦上氏と戦って苫東郡&苫西郡を奪い、1533年(天文2)にコチラへ引っ越し。
尼子氏を下した毛利氏の美作侵攻に、配下に属した。
1581年(天正10)、備中高松城水攻めの和議条件で美作が宇喜多氏へ割譲になると、他の諸豪族と同じく抵抗。
1582年(天正11)には近所の佐良山城を攻撃するなど、なかなか城を明け渡さなかった。
けど、翌年(天正12)開城&廃城、小早川隆景の家臣となった。

矢筈山城(美作河井駅、Pあり)
岡山最北端の駅。
美作滝尾駅より電車の本数が少なかった。
  
登山道入口に、転車台への矢印もあって。
全国で屈指の高地にあるお城だって案内板に書かれてあったから、楽そうな方に向かってみたけど、草が伸びてて不気味だったんで戻った。
  
駐車場の奥からも行けて、オイオイと思う。
除雪車の向きを変えるために使用されてた手動の転車台で、近代化産業遺産だとか。

  
なんかあるぞと行ってみたら、若宮神社だった。

  
山へは、どこから登るんだろ?
ココからかな、登山口の看板のトコからかな。
 
内構居館(←P大ヶ原バス停) 
麓に居館。MAP