国府山城(兵庫・姫路市)

国府山城(荒神社←P黒田官兵衛史跡めぐり専用駐車場)

1333年(元弘3)、赤松円心に従って元弘の乱を戦った妻鹿長宗が築城。
妻鹿氏が加西高峰城に引っ越し、尼子氏系の母里氏の居城となる。
黒田二十四騎の母里友信は、母の実家であるココで生まれた。
  
 
5分ほど登ると井戸跡、門石跡、かまど跡と現れる。
  
中腹は平地になってて馬駆けが伸びている。
鉄塔の向こうに甲山経塚が。
経文をタイムカプセルして後世に伝え功徳を得ようとの行いは、平安時代中期以降に流行ったらしい。
室町時代のアイテムも発掘されてて、中世を通じて信仰されてきたよう。
  
主郭へ坂道を登ってくと曲輪が現れる。
青山合戦で母里氏が全滅後、黒田職隆が姫路城の出城にして入った。
姫路城を秀吉に譲った官兵衛も移り住んでた。
狼煙郭には二層の隅櫓跡があった。
 
庭園郭、磐座郭もありーの。
  
大河ドラママジックでブッシュが切り開かれてる今が攻め時。
 
 
荒神社の1本南の道に専用駐車場ができてた。
看板の矢印に従って回り込んでいく。
 
母里太兵衛生誕地 MAP 
飾磨高校のお城っぽい塀。

黒田二十四騎のメンバー、母里太兵衛の生誕地碑がある。
弟の野村祐勝もメンバーなんだけどスルーされてると思ったら、お母さんが違ってた。
父は姫路黒田家初代家老・曽我一信。
青山の戦いで母里家が全滅しちゃったんで母方の姓を継いだ。
1573年(天正1)印南野合戦に初陣した。