妹尾陣屋(岡山・岡山市)


 
★洲浜城(←Pドリームタウンせのお) MAP
平家全盛の頃、妹尾兼康が築城。
祖先は中臣鎌足で、一族から分岐した卜部氏6代目の康遠が備前・備中・備後の領主となり、瀬尾城を本拠とした。
子・兼門は、平治の乱源義朝について敗れ賊軍に。
なったけど、妹が寵愛を受けた白河天皇の子を生む。
それが兼康で、朝敵瀬尾氏の血を引くってんで平家の手で育てられた。
16歳でココに入り、新田を開発&湛井十二ヶ郷用水を整備したりしてたけど。
源氏が挙兵したんで、平家の武将として出陣する。

倶利伽羅峠の戦いで敗れ、木曾義仲の手に落ちるも意外とかわいがられる。

忠誠を尽くすフリして進軍し、地元・三石宿で倉光成氏たちを皆殺しにして逃走。

備前備中の2千の兵を集めて福竜寺縄手に砦を築き、今井四郎隊を迎え撃ったけど討死した。

 
狭いのに交通量が多い道を歩く。

井戸沿いに曲がると、稲荷大明神への階段が現れる。
野良犬軍団も現れる。
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妹尾陣屋 MAP
庭瀬城・戸川正安の2男・安成が妹尾に1500石を分与され、1669年(寛文9)、三の丸跡に陣屋を構えた。
本家は4代続いて無嗣改易となったけど、コッチは8代続いて明治に至る。
井戸が残ってる。
 
陣屋門は笠岡小学校に移築現存。
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★隆盛寺
参道入口の仁王門は1761年(宝暦12)に改築されたもの。
金剛力士立像は、仏を信じない者を門前で追い払うとか。

戸川達安をはじめ歴代領主の墓所が本堂裏にある。